国友鉄砲研究会(滋賀県

fck200901191034207b1bc78cf1727ce7 国友鉄砲は、北近江を統治した戦国大名浅井氏の時代に生産が始まり、織田信長・豊臣秀吉・石田三成によって保護され、徳川家康により大阪夏の陣への銃器の大量注文によって、日本最大級の鉄砲生産地となりました。国友村の最盛期には73軒にのぼる鍛冶師と500人の職人がいたといわれています。国友の鍛冶師たちは、自ら鍛えた火縄銃の出来栄えを確認するため、「ためし撃ち」を行いましたが、その作法を復元したのが本会の演武です。その作法の真髄は、江戸後期の著名な鍛冶師・国友一貫斎が記した「能富一流目録」に著されており、鉄砲製作には、精神の統一が必要なこと、鉄砲鍛冶師たるものは砲術を知る必要があると記されています。この一貫斎の教えを、鍛冶師の「ためし撃ち」の作法に重ねて編み出したのが、本会が行う「能富流砲術」であります。

種子島新生社印刷社 全国火縄銃カレンダーより許可を頂き転載しています

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