日野筒鉄炮研究会(滋賀県)

fck200901191042187e975ef90dfab02b 「日野筒」は、歴史上の鉄砲伝来より遅れること12年後の1555年より、地元城主である蒲生賢秀公(氏郷の父)の指揮により生産が開始されました。 やがて、その技術は幾多の戦乱の中で鍛え上げられ、注文主の好みに応じた精緻で多様なフルオーダー生産を得意とし、江戸幕末まで、その生産が続けられました。現在でも町内に現存する「玉屋町」「上鍛冶町」「下鍛冶町」などの地名が当時の繁栄を偲ばせます。 日野町は、琵琶湖の東西に位置する近江商人発祥の地のひとつで、その起源は戦国の武将蒲生賢生秀氏郷公時代の楽市楽座に遡るといわれております。「日野筒鉄砲研究会」はその当時の主要産業として栄えた「日野筒」を後世への継承と町づくりの発展を願って昭和60年11月に発足しました。

種子島新生社印刷社 全国火縄銃カレンダーより許可を頂き転載しています

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