種子島火縄銃保存会(鹿児島県)

fck20090119105552eb7d86e7269b47b4 1543年、種子島の南端・門倉岬に一隻の南蛮船が漂着しました。今から465年前の出来事で、これが世に言う「鉄砲伝来」です。当時の種子島家島主・時尭公は若干16歳でありましたが、その威力を見抜き、大金2千両で鉄砲二丁(現在のお金で一丁5000万円位)を買い求めたとあります。 この時伝わった火縄銃は、翌年には種子島で国産化され、あっという間に日本の大名達の間に広まりました。この鉄砲の使用で室町乱世は急速に集約され、織田信長、豊臣秀吉による天下統一への歩みを早めたのでした。近世の幕開けとなった鉄砲の持つ意味は計り知れないものがあると思われます。 海洋文化の接点でもありました種子島のこの歴史的事実、先人達の偉業を後世に残すため、昭和46年、種子島火縄銃同好会が発足し、翌47年には種子島火縄銃保存会として組織改正し、以来、火縄銃の保存、流儀の保存・研究を行ってまいりました。また、火縄銃の持つ縁で多くの鉄砲隊との交流も行っております。

種子島新生社印刷社 全国火縄銃カレンダーより許可を頂き転載しています

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